みなさま、こんばんは!

 

機械式時計について技術者視点で語る本コラム。第11回となる今回は、

 

『オーバーホールとパーシャルサービスの違い』

 

こちらをテーマにお話ししていきます。

 

 

少ないモノでもの数十個、多いものだと数百もの部品の集合体である機械式時計。ちょっとしたトラブルでも不具合が生じてしまうため、定期的なメンテナンスが必要となります。

そこで行われるのが、"オーバーホール(完全修理)"や"パーシャルサービス(部分修理)"です。

今回は、"オーバーホール"とは?部分的なメンテナンス(パーシャルサービス)との違いは?等と言った疑問について解説していきたいと思います。ぜひ最後までご覧ください!

 

 

「オーバーホールとは?」

 

"オーバーホール"とは英語の"OVERHAUL"が語源で、分解修理、総点検という意味を持ち、「機械製品を部品単位まで分解して掃除や調整等を行い、再度組み立てて新品時の性能に近づける作業や点検」することを指します。ちなみに、時計業界以外に車や楽器でも使われていますね。

また、OHと略されることも多く、あまり時計に詳しくないという方でも見掛けたことがあるのではないでしょうか。

 

 

時計のオーバーホールでは、ムーブメントを分解し、徹底した洗浄や調整が行われます。主な工程は以下の通りです。

1.ケースからムーブメントを取り出し、針、文字盤を外す

2.一つ一つパーツを分解し、傷んでいるパーツがあれば交換する

3.全てのパーツを専用の超音波洗浄機にて洗浄する

4.歯車等にオイルを注油しながら組み立て、調整を行う

5.精度や防水性のテストを行う

ほとんどの工程を技術者の手作業で行うオーバーホール。熟練の技術と長い作業時間が必要なことがわかりますね。

 

 

なぜオーバーホールが必要なのか

 

オーバーホールの目的は、時計内部の消耗パーツを交換することで大きな故障を未然に防ぐことにあります。

機械式時計は人間と同じく、定期健診による不具合の早期発見が大事です。

初期症状の不具合であれば、調整や細かなパーツ交換によって時計は健康な状態に戻りますが、不具合を放置してムーブメント全体が駄目になってしまった場合、地板と呼ばれるメインパーツや機械そのものを丸ごと交換する必要があります。

そのため、多くの機械式時計では5年~10年に1度のオーバーホールが推奨されています。

 

 

仮にオーバーホールを長年怠ってしまった場合、どのような状態になるのかというと

・潤滑油の劣化によるパーツの摩耗、破損

・ゴムパッキンの劣化による防水性の損失、錆の発生

・精度の低下

・パワーリザーブの低下

これらの不具合が生じます。

特に問題になるのが潤滑油の劣化です。機械式時計の各種歯車はオイルが注油されることでスムーズに動きますが、長年使用し続けると油が切れてしまい、歯車に摩耗を生みます。

この状態になると歯車の軸や軸受けが削れてしまったり、歯先が欠けてしまったりしてパーツ交換が高額になる可能性が出てきます。

 

 

パーシャルサービスとの違い

 

"オーバーホール"に対して"パーシャルサービス"という言葉があるのをご存知でしょうか。

メーカーによってはオーバーホールのことを"コンプリートサービス"と呼ぶように、"全て"、"徹底的に"という意味が含まれています。

一方でパーシャルサービスは、"部分的な"、"一部の"メンテナンスを行うという意味になります。

 

 

例えば、オーバーホールしてまだ1年しか経っていないのに「時計が遅れる」、「カレンダーが切り替わる際に少し引っかかってしまう」といった症状であれば、部分修理、つまりパーシャルサービスでも時計を良い状態に戻すことができます。

しかし、前回のオーバーホールから5年以上経過し「時計の精度が著しく悪い」、「カレンダーが切り替わらない」といった症状がある場合はオーバーホールを施す必要があります。(※工房によってはパーシャルサービスの受付はしておらず、オーバーホールのみ対応可能なところもあるようです。

なんとなくお気付きかと思いますが、オーバーホールは作業に手間が掛かるため、パーシャルサービスよりももちろん高額になります。ただし、作業の大変さという観点で考えると、実はパーシャルサービスの方が大変なこともあります。

 

 

技術者にとって"オーバーホール"は、ある程度「定型化」できる作業になりますが、パーシャルサービスの場合、その時計のコンディション、不具合状況に応じて技術者が原因を特定し、必要な作業内容を決めなければなりません。

つまり、オーバーホールの工程を何年も経験し、ある程度の経験値を積んだ技術者でないと、パーシャルサービスを施すのは難しいのです。

また、保証期間内に何らかの不具合が出てしまった場合、各メーカーとも不具合の原因を特定し、本社へフィードバックできる、ベテランの技術者が修理を担当することが多いと思われます。これらを考慮すると、"オーバーホール"よりも"パーシャルサービス"の方が贅沢なメンテナンスと言えるかもしれませんね。

ちなみに、パーシャルサービスだけしていれば「使い続けることができるのでは?」と思われがちですが、パーシャルサービスでは故障の原因となる箇所のみを修復することになるため、その他箇所の注油などが施されません。やはりどうしても定期的なオーバーホールは必要不可欠となるのです。

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

オーバーホール(完全修理)とパーシャルサービス(部分修理)。言葉だけを聞くとオーバーホールの方が大変なように思えますが、パーシャルサービスには特有の難しさがあり、作業者の経験値が重要であることがお分かりいただけたのではないでしょうか。

パーシャルサービスを希望しても、メーカーのポリシーや時計のコンディションによっては、オーバーホールでしか受けてくれないこともありますが、両者の違いを知っておくことは、充実した腕時計ライフを過ごすためには重要なことだと思います。

本記事が皆さまにとって有益な情報となり、高級腕時計に対する興味が少しでも沸いたようであれば幸いでございます!また、ご不明点は直接ご質問いただければしっかりとお答えさせていただきますので、みなさま是非ご来店、お問い合わせをお待ちしております。

次回もお楽しみに!ではまた!

機械式時計徹底解剖