機械式時計について技術者視点で語る本コラム。第54回となる今回は、

『なぜスイスレバー脱進機は200年以上主流なのか?』

こちらをテーマにお話ししていきます。

 


以前、ロレックスが新開発したダイナパルス エスケープメントについて解説いたしましたが、4/14に発表されたロレックスの新作に、残念ながらダイナパルス エスケープメントを搭載したモデルは一つもなかったようです...(涙)

これは来年以降の新作に期待、ということで、今回は「スイスレバー エスケープメント」がなぜこれほど長期間にわたって主流であり続けるのか、その理由について解説していきたいと思います。

 

 

スイスレバー脱進機とは?

 

”脱進機”とは、ゼンマイのエネルギーを「一定のリズム」に変換する装置です。

スイスレバー脱進機は、「アンクル」と呼ばれるイカリ型のパーツと、「ガンギ車」と呼ばれる特殊な形状の歯車が使用されており、ご覧のように非常にシンプル。現在製造されている機械式時計の多くが採用しています。

 

 

なぜ長く使われているのか?

 

スイスレバー脱進機が長く使われている理由は、大きく分けて4つあります。

①とにかく壊れにくい

時計は毎日動き続けるもの。スイスレバー脱進機は

・シンプルな構造
・衝撃に強い
・長期間安定

つまり「多少雑に扱っても動く」これが長く主流であり続ける大きな要因です。

 

②精度が安定している

正確な時刻を知りたければ、スマートフォンや電波時計を見る。これは現代の常識かもしれません。でも高級機械式時計が「時計」である以上、安定した精度が求められることに変わりはありません。

スイスレバー脱進機は、温度変化、姿勢の変化、経年による注油状態の変化等に強く、比較的精度が安定していると言えます。

 

③大量生産できる

これは特に重要なポイントになりますが、どんなに優れた仕組みでも、作るのに莫大なコストと時間がかかっては意味がありません。

その点スイスレバーは、

・部品が作りやすい
・調整方法が確立されている
・世界中にノウハウがある

産業として成立する、明確な理由があるのです。

 

④修理できる人が世界中にいる

機械式時計は、メンテナンスをしながら何十年も使うもの。つまり世界的に修理体制が整っているものの方が普及しやすくなります。

スイスレバーは、構造がシンプルな分、どんな時計技術者でも扱え、部品も入手しやすいというメリットがあります。

 

 

スイスレバー脱進機の本質

 

前回ご紹介した”ダイナパルス”、オメガが実用化した”コーアクシャル”など、優れた脱進機は色々あります。

でも、複雑で調整が難しかったり、新しくてまだ実績が乏しかったり、どこかに弱点があるのが事実でした。

その点、スイスレバー式は「全項目で平均点以上を取れる唯一の仕組み」と言えます。

・精度 →良
・耐久性→高
・修理性→高
・量産性→高


自動車に例えると、故障が少なく、世界中でメンテナンス体制が整っている「トヨタ車」のようなイメージでしょうか。

個人的には、ロレックスの「ダイナパルス エスケープメント」が今後どれだけ普及していくかに注目していますが、スイスレバーのシェアを完全に奪うことはないでしょう。

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

200年以上も前に開発された技術が、現在も主流として使い続けられている。この事実だけでも本当に素晴らしいことで、ほかの産業ではなかなか考えられないことではないでしょうか。

短期間で変動する「相場」も大事ですが、時には「なぜ機械式時計が世界中で愛され続けているか」そんなことをゆっくり考えることも楽しいですよ。

本記事が皆さまにとって有益な情報となり、高級腕時計に対する興味が少しでも湧いたようであれば幸いでございます!また、ご不明点は直接ご質問いただければしっかりとお答えさせていただきますので、みなさま是非ご来店、お問い合わせをお待ちしております。

次回もお楽しみに!ではまた!

監修者のプロフィール

伊藤謙三の写真

伊藤 謙三(いとう けんぞう)

高級腕時計専門店 コミット銀座 シニアアドバイザー / 鑑定士歴:2021年~現在 / 修理技術士歴:2001年~現在

51歳 東京都出身

某有名ブランド店に修理技術士として入社。手先の器用さと腕時計に対する飽くなき探究心で、約20年に渡り数多の時計のメンテナンスを実施。
その知見を武器に、47歳でコミット銀座に入社。鑑定業務は未経験ながらも圧倒的な知識量でコミット銀座の支柱として活躍する傍ら、YouTubeの高級腕時計専門チャンネル「COMMIT TV」では、"Dr.伊藤"として、初心者の方から玄人の方まで知っておくべき時計知識を惜しむことなく発信。腕時計内部から知り尽くした唯一無二の鑑定士。

機械式時計徹底解剖