みなさま、こんばんは!

機械式時計について技術者視点で語る本コラム。第44回となる今回は、
『インハウス(自社製)ムーブメント=高級はホント?』
こちらをテーマにお話ししていきます。

高級時計に関する話題で、必ず出てくるキーワードが"インハウスムーブメント"。つまり自社製ムーブメントのことですね。”マニュファクチュール” と呼ばれることもあります。
多くの高級時計ブランドが「自社製だから価値がある」とアピールしていて、なんとなく”インハウス=正義”のようなイメージを持っている方も多いはず。でも、本当にそうなのか?という視点で考えてみると、面白い事実が見えてきます。紐解いてみていきましょう。
自社製ムーブメントの価値が語られ始めた背景
実は、自社製ムーブメントが”高級の証”として扱われ始めたのは2000年代に入ってから。それまでは、スウォッチグループに属する「ETA」が作る汎用ムーブメントを多くのブランドが採用していました。

7750(ナナナナゴーマル)ベースなど、聞いたことがある方も多いと思います。これらのムーブメントは数十万個単位で量産されていたため、とにかく実績が豊富で壊れにくい。整備性やパーツの供給も不安なし。良いブランドほどETAをうまく活用しているという時代です。

ではなぜ、自社ムーブメントが高級になったかというと・・・
・ETAが供給制限を発表
・高級時計ブームで各ブランドが差別化を求めた
・マーケティングに便利だった
このようなポイントが浮かんできます。つまり、インハウス神話は割と近代のマーケティング戦略でもあるのです。
自社製ムーブメントのメリット&デメリット
"自社製ムーブメント=良いもの"というイメージは間違いではありませんが、そこにはもちろんメリットとデメリットの両方が存在します。
メリット
1.ブランドの哲学をムーブメントに反映できる

A.ランゲ&ゾーネのように、プレートのレイアウト、仕上げの哲学まで統一することで、ブランドの世界観がそのままムーブメントに宿るという圧倒的な魅力が生まれます。
2.独自機構を作りやすい

クロノグラフのクラッチ構造に特徴を持たせたり、複数の香箱を搭載してロングパワーリザーブの時計を作ることができるなど、自由度が高くなっています。
デメリット

1.実績が少なく、初期不良が出やすい
ETAのように"数十年使われてきた安心感"がないモデルもあります。
2.メンテナンスに不安がある場合も
部品供給や国ごとの修理体制が弱いと、将来苦労する可能性もあります。
3.開発コストが価格に反映される
インハウスだから高くなってしまう可能性もあります。
”自社製”よりも重要なのは?
時計の価値を判断するときに、"ムーブメントが自社製か"というのは本質ではない気がします。もっと重要なのは、
1.ムーブメントの思想がハッキリしているか

例えばパテックフィリップの「Cal.CH29‐535」は、水平クラッチの弱点を地道に改善しています。その結果、クロノグラフボタンの押し心地の滑らかさは、ほかの追随を許しません。

そしてランゲの「Cal.L951.1」は、ドイツ時計の伝統を踏まえた上で超絶に美しいバランスのムーブメントを実現しています。
何を実現したくてこのムーブメントを作ったかということが明確になっていると、やはり心が動くものですよね。
2.数十年先まで使い続けられるか

アフターサービスや部品供給がきちんとしていること。なんと言ってもこれが時計の”資産価値”を決めます。せっかくの創造性あふれる自社製ムーブメントも、10年後にオーバーホールができなかったら意味がありません。
自社製でない”名機”も多い
面白いのは、高級時計の歴史を振り返ると、実は自社製ムーブメントではない名作がたくさんあります。


・オーデマピゲ ロイヤルオーク Ref.5402(Cal.2121系→ジャガールクルトベース)


・パテックフィリップ Ref.3940(Cal.240系→ジャガールクルトの影響大)


・ロレックス デイトナ Ref.16520(Cal.4030→ゼニス エルプリメロベース)
つまり"元々誰が作ったか"よりも"誰がどう仕上げたか"の方が重要なのかと。
これが高級時計の面白さの一つであります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
・自社製ムーブメントは確かに”ブランドの本気度”が宿る
・しかし"自社製ムーブメント=絶対的に優秀"というわけではない
・アフター体制や完成度の方が長期的な価値を左右する
・自社製ではない名機は歴史上いくらでもある
本当に重要なのは自社製による価値ではなく、"メーカーの思想と完成度"。フラットな視点で時計選びをしていただくのがオススメです。
本記事が皆さまにとって有益な情報となり、高級腕時計に対する興味が少しでも湧いたようであれば幸いでございます!また、ご不明点は直接ご質問いただければしっかりとお答えさせていただきますので、みなさま是非ご来店、お問い合わせをお待ちしております。
次回もお楽しみに!ではまた!



